西泠印社 -3

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 寶印山房。 1912年の建立で、印社同人が印学の先輩や故社友を春秋の2回、祠る儀式を執り行う場所として建られました。現在の建物は1977年に再建されたもので、今は外国人相手の売店として使われています。額は西冷八家の一人趙之b46、、聯は清道人。寶印山房の東に嘗って数峰閣と呼ばれる小亭がありました。印社を創始した4名が当初しばしば会合を持った場所で、印社発創の地です。
 還樸精廬。1919年、呉善慶によって建てられました。額は呉昌碩です。ここは印社の西端で、西湖の蘇堤が眼下に眺められます。
 遯庵。遯庵は呉隠の号です。1915年、呉隠は先祖を祀るためにこの堂を建て、背後に湧き出た泉を潜泉と名付け潜泉記を岩壁上に刻しました。印社特製の潜泉印泥はこの名に因んでいます。呉昌碩の額、張祖翼・朱景彝の聯があります。

 漢・三老碑。三老とは漢王朝の官制の一つで、文化を司る役人のことです。この三老等の諱と忌日をこの碑は記しています。三老諱字忌日記と正式には呼ばれます。後漢の建武28年(52)の建碑で、全文217字です。清の咸豊2年(1852)、淅江省余姚県の周世態がその客星山麓にこの碑が埋っているのを発見しました。書体は初期の隷書で、古隷と呼ばれるものです。
 漢三老石室は、成豊二年(1852)に浙江省餓姚で出土した漢の三老碑を安置する堂として1922年に建てられました。海外に転売されようとしたこの碑は、呉昌碩を始めとする印社同人の努力によって印社に保存されることとなりました。その縁起と出資者名を記した碑が三老碑の背後に置かれています。正面額字は馮煦、聯は張鈞衡と黄葆戊、側面の聯は朱景彝、裏の聯は童大年です

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